第3章 :魔法と逢瀬と魅惑(レトロな便箋の概要)
邪魔な椅子を押しやり、リヴァイは片膝を突いてのうなじに腕を回した。睫毛の長い瞼は苦しんでいる様子もなく、安らかに閉ざされている。まるで眠り姫のようだった。
「いきなり睡魔に襲われたとでもいうのか」
ぽつりと呟くと、相席している夫婦らしき二人の婦人のほうが声をかけてきた。
「気絶されたんじゃなくて?」
リヴァイは首を伸ばして婦人を見る。
「気絶? なぜ」
「コルセットよ。締めつけがきついんじゃないかしら」
「こうして前触れもなく倒れるものなのか?」
腰を浮かせた婦人はテーブル越しにを覗き込む。
「直前は貧血っぽい症状が出たりするけど、お嬢さんはずっと座ってらしたでしょ。それに相当お酒を飲まれてたし」
スカート部分の尻に手を回して座り直し、
「立ち上がった拍子に一気にきたのよ。気が昂ってるとなりやすいの」
「びっくりだな、一瞬心臓麻痺でも起こして死んだかと思ったが」
「殿方もお悪いんですよ。嫌なことがあって彼女がお酒を飲みたい気分だとしても放っておいたのだから」
扇で胸許を仰ぎながら婦人は上品に笑う。どうやらカスパルとのやり取りに居合わせていたようだ。
夫であろう紳士が鼻の下の髭をいじりながら言う。
「わたしは分からないでもない。男が女を酔わせたくなるのは。な?」
とても含みのある言い方だった。リヴァイが下心でを酔わせたと、そう言いたいのだろうか。絡み酒でうんざりしており、部屋へ連れ込もうとなどとそんな思いは――
腕に首を凭れるを見降ろす。下瞼に睫毛の陰影。半開きの瑞々しいぽてっとした唇。仰け反る真白い喉許。いまや彼女は儚げであった。
――そんな思いは微塵もなかったと言えるだろうか。
胸ポケットから紳士が何やら摘まみ出した。小さい小瓶だ。
「女性が気絶をしたときの気つけ薬だ。貸してあげようか?」
「いや、いい」
何の成分か分からない。怪しくて他人の薬など使いたくはなかった。
「ただの気絶なら数十分もすれば自力で目覚める。無理に気つけ起こしても、原因を取り除いてやらないとまた繰り返す」