第2章 :神業と出立と霹靂(そんな程度の女)
窓から改めて景色を観ると、何メートルあるのだろうかと思うほどの巨大な壁に驚愕した。巨人という、壁の外にいる化け物から身を守るためにあるのだという。
五年前に、一番外側のマリアの壁が破られて巨人の襲撃があったらしい。といっても、そんな話にピンとくるはずもなかったが。
窓から光が差し、小鳥の囀りがする。上質な天蓋ベッドの上では目が覚めた。
(昨日と変わってない)
起き上がる気力もなく、ただ天蓋を見つめる。
実は朝起きたら、いつもの日常に戻っているかもしれないと期待していた。が、豪華な調度品が並ぶこの部屋は、昨日フェンデルがのためにあてがってくれたものだった。
落胆の溜息をついてから、そういえばと思い、布団から右手を出して手のひらを眺めた。
「そういえばバッグってどうしたっけ」
あまりの出来事に放心していたため、あのとき肩に掛けていたバッグの存在をすっかり忘れていた。波に攫われたときにバッグも攫われてしまったのか、それとも路地に転がったまま、ただ気づかなかっただけなのか。
「お財布……新しく買ったばかりだったのにな」
ずっと欲しかったブランド物の財布を自分へのご褒美に先月買ったばかりだった。失くしてしまったことが、中身のお金よりも悔やまれた。
はゆらりと身を起こして、昨日の老人の言葉を思い返した。
「わしの養子にならないかね」
いきなりそう言われて、は返答に詰まった。
老人は昔こそ名の通る貴族だったらしい。いまでは跡取りもおらず権力も弱まり、いわゆる没落貴族なのだという。養子の当てはほかにもいるだろうに、どうして素性も知れぬに言うのかと怪訝に思った。
本音は跡取りが欲しいわけではなく、このまま血が滅ぶのは覚悟済みらしい。だがそこにが現れた。異質なに何かの縁を感じたのか、フェンデルはこう言ったのだ。
没落貴族最後の悪あがきに協力してほしい――と。
「八四六年。いまから四年前の不幸を、お主心当たりあるかな?」
「いえ、心当たりがありません」