第3章 :魔法と逢瀬と魅惑(レトロな便箋の概要)
目線の高さで薔薇の花弁が舞う。はらはらと散っていくさまを見届けてから、リヴァイの唇が小さく開いた。
「抜け出したいが――ときどき空虚に思わずにはいられなくなるときもある」
思いがけない消極的な発言だったので、はリヴァイをまじまじと見た。彼の目線は遠くにある。
「そういうときは、どうやって心を持ち直すの?」
「空」と小さく呟いたリヴァイに、「空?」と聞き返した。
「初めて見た大きな空を思い起こす」
「その大きな空は、どこで見た空?」
「ウォールマリアの外だ」
リヴァイのその言葉から五年前にはもう調査兵団にいたことが窺えた。いまは見ることが叶わない大空を、彼はその深い眼差しで見ているのだ。
「空虚を吹き飛ばすほどのその空って、どんな色をしてたの?」
「どんな色か……そうだな。何もかも吸い込んでしまうほどに、蒼く澄み渡っていたと思う」
「それでいて、太陽は瞳を開けていられないくらい眩しかったんでしょう?」
微笑みながらリヴァイの双眸を見つめて口ずさんだ。いまここにいる人間の中で本物の空を知っているのはとリヴァイだけだろう。彼の見た光景が目に浮かぶのも、おそらくだけなのだろう。
たまゆらに瞬かせたリヴァイの瞳にが映り込む。そして遠い日に思いを馳せるように彼は眼を細めてみせた。
「天高く浮かぶ雲の下を、白い鳥が自由に飛び回る」
「自然のままに育った木々の葉が、風に吹かれて気ままに揺れる」
「日が暮れると太陽が地平線に沈んでいく」
「明け方は、東の地平線から淡い光の帯が天に向かって伸びる」
「再び太陽が昇れば、緑の大地がどこまでも果てなく、遠くまで続く」
「――心が洗われるような景色が、広がっていたのよね」
顔を伏せ、リヴァイは小さく息を吐いて笑う。
「驚いたな。まるで見てきたふうな口を利く」
(だって知ってるもの)
そう口の中で言ったはしかし、壁で囲まれてはいなくても、高層ビルが立ち並ぶ東京では、この国と大差ないと思ってもいた。頭に浮かんだ情景は、軽井沢や那須高原を思い描いていたのである。
「もう五年も見ていないのね、その景色」
「そうだな」