第2章 :神業と出立と霹靂(そんな程度の女)
「話せる範囲で構わないんじゃよ。根掘り葉掘り訊くつもりはない」
の心情を読んだのか、老人が穏やかに微笑ってみせた。
出身や仕事関係の話は臥せておこうと思った。言っても通じない、そんな漠然な予感があったからだ。
「友人と旅行中に、津波に巻き込まれてしまったみたいなんです。目が覚めたら、さっきの通りの路地にいて。流れついたのかなんなのか、私自身、何が何だかさっぱりなんですけど」
「つ、なみ? ……解らん単語じゃな。見たところ、お主は東洋人じゃろう?」
「東洋人!?」
テーブルに両手を突いて、は思わず身を乗り出す。
「じゃあこの街には、私のような、黒髪で黒目の人間がいるんですね!」
老人の東洋人という言葉に希望が湧いた。なぜならここは一応外国なのだと思ったからだ。おそらくヨーロッパのどこかであり、何かの手違いで海を渡ってしまったのだろう、とは考えた。
しかし一つ疑問がある。どうして言葉が通じるのか。日本語しか使っていないはずなのにフェンデルと会話が成立している。期待に満ちた明るい表情から一変、はすぐに深刻な顔つきになった。
老人が申し訳なさそうに眉を下げて告げる。
「いるにはいるが、やはりお主は異質にみえるの。そのような服装はまず珍しい、というよりも見たことがない。だから憲兵も妙に思って連行しようとしたんじゃろうと思う」
「そう……ですか」
ここがヨーロッパという期待は、すぐに泡になって消えた。は脱力してソファに深く沈み込む。
頭の隅でずっと考えていた一つの仮説が有力になりつつあった。目が覚めたときから変だとは思っていたのだ。見慣れない街並み、周りは外国人だらけ、なのに言葉に不自由しない。
もう認めるしかないのかもしれない。ここはの知らない世界なのである。
あのあとフェンデルは、この世界について知識を与えてくれた。この街は円形状の壁で囲まれていて、中心がウォールシーナという、主に富裕層が暮らしている街があり、外側にいくにつれて、ウォールローゼ、ウォールマリアと、順に壁で括られているらしい。