第3章 :魔法と逢瀬と魅惑(レトロな便箋の概要)
「レディ。僕が選んだものですが、よかったら」
三十代くらいの男だった。白い歯をキラリと光らせている。
「ご親切にどうも。でもお腹がいっぱいなんです」
「そうでしたか」男は皿を台に戻した。「いまお一人ですか?」
「ええ」
なんだろう。窺うようには上目でシャンパンをこくんと飲む。
「よろしければ僕と一曲どうですか?」
と男はにこりと手を差し出してきた。
驚いた。どうやらをダンスに誘っているらしい。けれど踊れないので、
「ごめんなさい。足を痛めているので」
断ると、「そうですか」と男はやや残念そうに去っていった。
燕尾服の背中を見送りつつ、は眼を丸くせずにはおれなかった。
「びっくり、私なんかを誘うなんて。ほかにもっと素敵な女性がいるじゃない」
会場内の女に片っ端から断られて、余りもののにでも声をかけたのだろうか。見た目はモテそうな男だったが。
と、奇怪で首を捻っていたら背後からまた声がかかった。
「こんな所で可愛らしいお嬢さんが一人とは。よかったら私と一緒にお話しませんか?」
「私と?」
「ええ、あなたと」
同年代に見える男は微笑んだ。話をするだけと言われても、一般人のと貴族の男で会話が盛り上がるとは思えない。
「私、口べたなんです。きっとつまらない思いをさせてしまうわ」
「そこは私の話術に任せてください。楽しいひとときにしてあげましょう」
紳士が馬に乗っている絵画付近で、楽しげにお喋りをしている貴婦人たちを勧めてみる。
「私なんかより、あちらの方たちをお相手されたほうが楽しいと思います」
「いいえ、あなたがいいんです」
挨拶するように少し腰を曲げた男は、熱の籠った眼で手を差し出してきた。
この男が嫌なわけではないのだがボロが出て恥を掻くのが怖い。それで、とにかく断るほかなかった。
愛想笑いをしては逃げるように後退った。
「ごめんなさい、約束があるので」
会場内を早歩きで突っ切っているあいだも何度か声をかけられた。数十年に一度のモテ期到来だろうか。いちいち断るのも面倒になってきて、は人目を忍ぶために大窓からバルコニーへと足を踏み入れた。