第3章 :魔法と逢瀬と魅惑(レトロな便箋の概要)
中には変わった人間もいて、挨拶の隙を狙っての尻をぽんと叩いてきた者もいた。フェンデルは別段怒らなかったので、怪しい人ではなかったのだろうけれど。そうして貴族の挨拶にも慣れてきたころだった。
「これはこれは、フェンデル伯爵殿!」
後ろからかけられた声での心臓が飛び出そうになった。急いで羽根扇を開き、目許以外を隠す。
「おじさま、無視で!」
囁きの念押しは通じなかった。顔を合わせないように気をつけると言ったのに、フェンデルは嬉しそうに振り返ったのである。
「おお、エルヴィン!」
(嘘でしょう! おじさまったら能天気過ぎるわ!)
窮地に陥った気分だ。は足を踏み鳴らしたい衝動に駆られた。が、真後ろから声をかけられて、無視して先を行くというのも回避しようがなかったといえるけれど。
の背後でエルヴィンとの会話が始まる。
「当時はお世話になりました。お変わりなくお過ごしの様子で安心いたしました」
「義理深い奴じゃ、もう何年も前のことじゃろうて」
「いまの地位も伯爵のお力があってのものですから、何年経っても感謝の気持ちは薄れません」
労うようにフェンデルはエルヴィンの肩を叩く。
「変わりないのう。お主も息災で何よりじゃ」
「おかげさまで」
挨拶の前に話が進んでしまったエルヴィンは、いま気づいたように腰を折った。わざわざいいというふうにフェンデルがさらに肩を叩く。
「どうじゃ、兵団は」
「伯爵が毎年提供してくださる資金のおかげで、なんとか回っております。だというのに直接挨拶に伺うこともできずに、毎回お礼状だけになってしまって申し訳ありません」
「いいんじゃよ。わしは輝ける未来に出資しているだけじゃ。お主も忙しいのだろうし」
「貧乏暇なしというのはこのことです」
常時よりも前髪をぴしっと固めてきたエルヴィンは困ったように笑った。つられてフェンデルも可笑しそうにする。
「じゃが代わりに良い人材に恵まれておるではないか」
と、斜め後ろに控えるリヴァイを見る。
「人類最強の英雄。彼が加わってだいぶ楽になったのではないか」
「はい。私の片腕として、よく働いてくれています」
エルヴィンは目配せをした。「リヴァイ、お前は初めてお目にかかるだろう。紹介を」