第3章 :魔法と逢瀬と魅惑(レトロな便箋の概要)
初めて見る世界にの口はぽかんと半開きになる。場慣れしているフェンデルは早速挨拶に取りかかっていた。
派手な額縁に入れられた、大きな西洋絵画が上部にある扉口付近で、動けなくなっているをフェンデルが呼ぶ。
「よ、おいで。紹介しよう」
呼ばれては両目をしばたたかせた。「あ、はい!」
両手でドレスを摘んでフェンデルのもとへ駆け寄る。
「呆としてしまってごめんなさい」
「石のように固まっている姿は調度品かと見紛うたぞ」
フェンデルは喉を反らして笑い、
「初々しいじゃろう。わしの娘で今夜が社交界デビューなんじゃ」
と、鼻下に白髭を蓄えた老人に自慢げに言った。
精一杯の演技ではにわか仕込みの挨拶をした。急遽メイドから教わった作法である。
「・フェンデルと申します」
片足を下げて、なるべく優雅に見えるようおじぎした。細身の老人は柔和な糸目になる。
「純朴な佇まいは老いぼれの胸を鷲掴む。大事なご令嬢のお手を、お借りしてもいいのかな?」
「。こちらはダミアン子爵じゃ。ぜひ挨拶をしたいと言っとる」
戸惑っているの腰をフェンデルが控えめに押す。
「わしのチェス仲間じゃ。なに、心配はいらん。こやつは熟女好きでな、若い娘に下心などない」
「やだわ、お父様。そのようなことは心配しておりません。作法に不安があって」
紳士らしく腰を折ったダミアンは、に手を差し出す。
「女性が心配するなかれ。こういうことは男性に任せておけばよいのですよ」
慎ましげな微笑みだけで返し、は遠慮がちに手を差し出した。軽く握られて、ダミアンの唇が近づく。肌に触れることなく、そっと手を解放された。
は眼を丸くした。
「この場合の挨拶もフリなんですね」
「よほど親しい者以外は唇をつける者はいない。簡単に触れさせてはいけないよ」
アドバイスというばかりにダミアンはきゅっと片目を瞑った。
「分かりました。助言をありがとうございます」
最初の挨拶をきっかけに、紳士淑女からフェンデルは次々と声をかけられていた。そのたびにを娘だと紹介した。