第3章 :魔法と逢瀬と魅惑(レトロな便箋の概要)
「なんでじゃ?」
素朴に問い返されて、逆にがきょとんとしてしまう。フェンデルの頭は大丈夫だろうか。
「おじさま? いま正気ですか?」
声高らかにフェンデルは笑う。
「わしはまだボケとらんよ」の肩を元気づけるように叩く。「大丈夫じゃ。今夜のは、男装の名残など一欠片も見当たらん。誰も調査兵のだと分かりゃせんよ」
「そうでしょうか……」
いまのと調査兵のが、どれだけ容相が違うかは自分では分からない。確かに鏡を見て別人のようだとは思ったけれど。不安は募るが、いまさら欠席するわけにもいかず、どうにも落ち着かなかった。
フェンデルがを促す。
「顔を合わせないように、なるだけわしも気をつける。さあ、もう行くとしよう――」
「はい」
とはフェンデルの娘としての名前である。挨拶の際には本名を名乗らないよう気をつけねばならない。
とろとろと歩きながら、は休暇を貰ったあの晩を思い出していた。
(だから機嫌を悪くしたのかしら)
同じ日に用があるというので、気になったはリヴァイに尋ねてみたのだ。――どこへ行くのかと。そうしたら、お前には関係ないと冷たく返されてしまったのだけれど。
プライベートなことを聞いてしまったから、リヴァイは少なからず不快に思ったのかもしれない。が、今夜のことをあまり思い起こしたくなかったのかもしれないとも思った。さきほどのエルヴィンとの会話で、リヴァイがひどく気が進まない様子に見えたからである。
なんだか胸が騒ぐけれど、は不安の息を吐き出して城を見据えた。いざというときにはこれでやり過ごそうと、ずっと持っていた羽根扇を握りしめたのだった。
04
今夜宿泊する城内の客室に不要な荷物を置いてから、とフェンデルは大広間へ向かった。
豪華なシャンデリアがある会場は、回廊の落ち着いた明るさとは段違いの眩しさだった。あちこちから聞こえる上品な笑い声も場の絢爛さを引き立てている。