第3章 :魔法と逢瀬と魅惑(レトロな便箋の概要)
「いらないって、そんなの。苦しいだけから」
「いいえ、胸許を強調しておきましょう」
(そもそも、こんなに締め上げるから胸が潰れちゃったんじゃない)
満足するまでメイドは綿を詰め込んでくれた。今度はしゃがみ込み、小物を取り出して検めている。
(脳貧血でホントに倒れちゃう)
辟易した気分である。メイドが目を離しているうちに、は詰め込まれた綿を全部引き抜いてさりげなく捨てた。
ドレスの着付けをしながらメイドはアドバイスをすらすらと言う。
「好機はダンスですわ。若い女性は、みんなダンスの際に結婚相手を探すのです。様でしたら、多少がっつりし過ぎが丁度よいかもしれませんわね」
「……そうね」
くたくたで、はもう相槌しか打てなかった。ドレスを着るというのは、それまでの下準備が一番大変なのだと身をもって知ったのだった。
03
微かに聞こえてきたのは華美な音色だった。馬車の小窓からは外を覗いてみた。辺りはもうどっぷりと暗くなっているのに、遠くのほうでぼんやりとした明かりが見える。
某有名テーマパークの最寄り駅に着いて、流れるテーマソングにウキウキする感覚。は地に足が着かなくなってきていた。小窓から顔を出したままで、傍らに座るフェンデルの肩を叩く。
「おじさま、おじさま! 見えてきたわ、あのお城が今夜の会場?」
「そうじゃよ。演奏が聞こえてるのう、もう始まっておるようじゃ」
にこやかに頷いたフェンデルはと違って興奮していない。杖を突いて、馭者席が透けるガラス窓を見ている。
「こんなの初めて。すごいわ」
感嘆の溜息が零れた。近づいてくる城の煌びやかさに負けないくらい、の表情も笑顔で輝いていた。
耳にはっきりと演奏が聞こえるようになったころ馬車は城の正面に到着した。馭者が扉を開ける。
シルバーの慣れないピンヒールではゆっくりと地に足を着いた。やがて目の前の光景に今度は浮き足立つことになる。
(ヨーロッパのお城みたい。おじさまのお屋敷とは大違いのスケールだわ)
バロック調の宮殿は、いくつもの大窓から放たれる明かりで輪郭がくっきりと浮かび上がっていた。城内で流れる優雅な音楽が、を怖じ気づかせるほどに、より壮観なものにさせていた。