第3章 :魔法と逢瀬と魅惑(レトロな便箋の概要)
腹の上で手を組み合わせ、メイドは眼を弓なりにして言う。
「こんなに広いお屋敷に、主はたった一人なんですもの。それも男性とあっては、私たちの仕事なんて少ないというものですわ。今日は張り切ってお世話させていただきます」
「お手柔らかにお願いします。できれば人間扱いしてね」
は苦く返事をした。
屋敷で世話になっていた数日間、彼女たちは瞳を輝かせての身の回りを世話してくれた。それはもう着せ替え人形よろしくだったが。
メイドの一人がの手を引いた。廊下へ促される。
「まずはお体を清めましょう」
「朝お風呂に入ってきたから、そこは飛ばしても平気だけど」
断ると、もう一人のメイドが大げさに首を振った。
「いけませんわ! お体の隅々まで綺麗にしておかなければ!」
「ちゃんと洗ってきたし、汗も掻いてないから」
「そういうことじゃありません! 社交界で何があるか分からないのですよ! 準備万端にしておきませんと!」
何があるというのか。あえて聞き返さなかったけれど。
数人のメイドに強制的に連れられて浴場までの廊下を歩いていた。残りのメイドは部屋で着替えの下準備をするのだそうだ。
幾度か往復した廊下の壁を何気なく見上げた。ここを通るときに、いつもの目を奪うものがあるのだ。立派な額縁に収められている二枚の肖像画である。
男性と女性の画だ。男性のほうは年若く、栗色の髪をした眉目秀麗な顔。目許は優しげに遠くを見ている。
妙齢の女性のほうは柔らかさを感じさせる金髪のロングウェーブ。美麗に微笑んでいる。
(誰なのかしら。ここにあるってことは普通は家族よね?)
画が気になるの進みは悪くなる。気づいたメイドが歩みを止めた。
「綺麗な方でしょう、奥様」
「ここを通るたびにずっと気になってたけど、おじさまの奥様だったのね」
画を見上げてメイドはにこりとした。
「二十代という若さで、儚くもお亡くなりになられたようです」
「それきりずっと、おじさまはこの屋敷に一人で?」
「ええ。再婚のお話もあったようですけれど、頑なに断り続けていたと聞きます。亡き奥様を愛されていたのでしょうね」