第2章 :神業と出立と霹靂(そんな程度の女)
リヴァイは転がっている紅茶缶を拾った。中身は空っぽ。足許に散らばる茶葉が、優雅な香りを周囲に漂わせている。舌打ちをした。
「買い直しじゃねぇか」
女が滑り込んでいった路地を眺めてみた。もう姿はないので、どこかへくらましたのだろう。
助けたのは気まぐれだった。別段、女に興味を持ったからでもない。どんな顔をしていたろうかと思い起こしてみれば、のっぺらぼうしか浮かばない。リヴァイにとって、そんな程度の女だった。
02
狭い路地を右に左に曲がって、は必死に逃げた。
野次馬のお喋りたちが怖い男二人のことを憲兵だと言っていた。揃いの軍服を着ていたし、どこか偉そうであったから、日本の警察かなんかだと思ってつい保護を求めようとした。が、頼ろうと思った相手は間違いであったようだった。
よく逃げられたものだと、息を切らしながらは思っていた。目の前に立ち塞がった男が手を振り上げたとき、殴られると覚悟したものだ。けれど予想した衝撃は降ってこなかった。
なぜだろうと眼を開けると、男は尻もちをついていて、辺りには消しゴムのカスのような茶色いものが散らばっていた。漂う優雅な香りが、いやに場違いだと思いもした。
次に後ろ手を掴んでいた男からなぜか解放され、彼が一人で怒っているあいだには逃げ出したのだった。運がよかった。でもこれからどうしたらいいのだろう、と途方に暮れそうだった。
路地の先にある通りに飛び出した時、一台の馬車が目の前で止まった。ぶつかりそうになって踏鞴を踏む。
黒い馬車の扉が開いた。赤い布張りの車内に一人の老人が座っている。上質に見えるスーツを着ていた。
「追われているのだろう。乗りなさい」
「……」
は躊躇った。相手は知らない老人だ。
「また捕まってしまうよ。そうなっては困るじゃろう」
老人の話し振りから察するに、が逃げている経緯を知っているようだ。野次馬の一人だったのだろうか。
白髪頭の老人は人の良さそうな笑みで言う。
「そう警戒せんでいい。とりあえずは乗りなさい」
またあんな怖い思いをするのは嫌だった。一度後ろを振り向いてから、は老人の言う通りにすることにした。