第2章 :神業と出立と霹靂(そんな程度の女)
悔しく思ったのか、女は唇を噛んだ。かちっと眼が合ってしまい、リヴァイの瞳は見開く。
(そんなつもりはないが、あの女からしたら俺も野次馬か)
噛みつかんばかりに女は睨んできた。頭ままで地面に押さえつけられており、石畳と擦れて顔が痛そうだった。
モブリットが控えめに聞いてきた。
「リヴァイ兵長、行かないんですか?」
いざこざにすっかり見とれてしまっていたリヴァイは瞬きを一つした。「あ、ああ。遅くなるしな、行くか」
そして足先を帰り道に向けたときだった。
両手首を後ろ手に掴んで、憲兵は女を引き起こした。
「本部に着くまで大人しくしてろよ!」
「いやよ! そんなところへは行かないから!」
最後の力とでも言い表そうか、女が全身で抵抗を見せる。
「このやろう!」
いよいよ我慢ならなくなったらしい。もう一人の憲兵が正面に立ち塞がり、大きく手を振り上げた。気づいた女はぎゅっと眼を瞑って顔を背ける。
「あ、殴られる」と小さく漏らしたモブリットの声と、リヴァイの行動はおそらく同時だったろう。
リヴァイは袋から紅茶缶を取り出し、憲兵の顔を目掛けて思いっきり投げた。缶はまばらな輪の隙間を通り、女を殴ろうとしている憲兵の顔に命中した。蓋が外れて茶葉が舞う。顎を反らし、憲兵は後ろによろけて尻もちをついた。
女の両手を拘束していた憲兵は、思わず手を離して辺りに怒鳴り散らす。
「誰だ、いま邪魔した奴は! 公務執行妨害だぞ!」
隙を狙って女は路地裏へと逃げていく。
(ほう……したたかだ)
気圧されて泣き崩れるのが女だと思っていたが、なかなかにしてくじけない精神をしていると思った。
リヴァイは速やかに次の行動に出た。野次馬の中心へ早歩きで向かう。
怒り狂っていたせいで、憲兵は女に逃げられたことに一歩遅く気づいた。すぐ追おうと走り出そうとした彼の足に、リヴァイは足を引っ掛ける。べたんと無様に転んだ。
「誰だ、いま足を引っ掛けた奴は!」
片手を突いて振り返った憲兵は、こちらを見上げて固まる。
「……り、リヴァイ」
「ガムでも踏んじまったようでな。足を払った拍子に引っ掛けちまったらしい」
「そんなわけが」
憲兵は悔しそうに歯ぎしりしたが、見降ろすリヴァイの眼つきが冷たかったので、それ以上何も言えないようであった。