第3章 :魔法と逢瀬と魅惑(レトロな便箋の概要)
「お手伝いします」太めの腰に腕を回し、は片手でフェンデルの腕を触れた。
「ありがとう。関節が痛くての、普通に歩く分には気にならんのじゃが、階段はつらい」
「気をつけてくださいね。なるべく一人で階段を登らないようにしてください。お手紙でも転んだとありましたし」
「分かっておるんじゃが、つい意地を張って、補助しようとするメイドを追っ払ってしまう」
五段登ったところで立ち止まり、ふうと一息つく。
「だというのにやっぱり娘は別じゃな。素直に甘えられる」
フェンデルは濁りのある瞳でにっこりと微笑んでくれた。は思わず喉を詰まらせる。
「……他人の私に甘えられますか」
「なにを言う。他人ではないよ、娘じゃ。だからも、わしを父と思うて遠慮することなどないんじゃよ」
気兼ねからくるのよそよそしさをフェンデルは分かっていたようだ。眼を伏せては吐息のように笑う。
「はい。そのように努めます」
「そうしておくれ」
赤い絨毯が張られた階段を亀のようにゆっくりと登っていた。柔らかい陽光が差し込む明るい大窓がある踊り場で、また小休憩。
疲れて筋肉が張ったのかフェンデルは腿をさすった。
「兵団の生活はどうじゃ? からの手紙では、こんにちは、元気です、ではさようなら、と短文過ぎてよう分からんから気になっておったんじゃ」
「変わりないですよ。訓練は厳しいですけど、だんだん体力もついてきましたし、筋肉痛になることも減りました」
「近々壁外調査に出ると聞いたが、はもちろん待機じゃろ?」
些か気がかりそうにフェンデルは訊いてきた。
は一瞬言葉に詰まりそうになった。が、頬を綻ばせて淀みなく応答する。
「もちろんです。だって訓練兵の子たちと比べても、全然だめなんですよ。ついていったところで足手まといでしかありません」
「そうじゃろう、そうじゃろう。それだけが少し心配だったんじゃよ」
安心したようにフェンデルは数回頷いてみせた。
黙っていて正解だったようだ。嘘は悪いことばかりではない。世の中には心を煩わせないように優しい嘘というものも存在するのである。
年寄りに余計な心配をさせることはない。が無事に壁外から壁内へ帰ってくれば、何事もなかったことになるのだから。