第3章 :魔法と逢瀬と魅惑(レトロな便箋の概要)
リヴァイからいつも漂ってくる残り香が、いまはいやに鼻につく。扉に向かっては小さく毒突いた。
「別に? あなたがどこへ行こうとも、興味なんてないわよ」
それならどうして聞いてしまったのか。
(ただなんとなくよ。気になったわけじゃない)
それならどうしてどことなくショックを受けているのか。
(冷たく返されたから、ただそれだけなんだから)
——なにこのもやもや。こんな嫌な思いをするのなら訊くのではなかったと本気で後悔していた。
02
二十一日の午後、はフェンデル邸に帰宅した。
広い玄関ホールに足を踏み入れたとき、奥の廊下からフェンデルが杖を突いて急ぎ足で駆けてきた。えびす顔で、肩にふわっと両腕を回してくる。
「おかえり、」
「……ただいま帰りました」
ただいまと言ってよいのか自信がなく、は遠慮が顔に出た。養子にしてもらったとはいえ、まだ素直に甘えられないでいた。
フェンデルはの頬に挨拶のキスをした。さりげなさが、この国では当然の習慣だと思わせた。
「ほら、も。このお老いぼれに若さを与えると思うてしておくれ」
と垂れた頬をお茶目に指差す。
日本人のは、この挨拶にいつまで経っても慣れずにいた。眉を下げて微笑む。
「失礼します」
老化で骨っぽくなっている両肩に、そっと手を添えて首を伸ばす。しわしわの頬に唇を近づけてキスをするフリをした。
フェンデルは喉を鳴らして笑う。
「いつものことながら初々しいの。逆にわしが照れてしまう」
「いまだに恥ずかしくて」
背中に手を添えてフェンデルは歩くよう促す。
「こんな所で立ち話もなんだ。二階のの部屋へ行こう」
「私の部屋に? おじさまもですか?」
「うん。見せたいものがあっての。きっと驚く」
白いげじげじ眉を悪戯っぽく跳ね上げてみせた。
「なんでしょう?」と聞くと、「見てのお楽しみじゃ」と言われて階段を登るよう軽く押された。
手すりに手を掛けてフェンデルは慎重に登っていく。足が上がりきっておらず、躓いてしまうのではないかと危なっかしい。