第2章 :神業と出立と霹靂(そんな程度の女)
「もういいかな」
木の影で模型の操作をしていたは力いっぱい引いていたロープを弛めた。顔を出していた模型は、ぎしぎしと鈍い音を立ててゆっくりと影に隠れていく。
ぴりりとした微かな痛みに片目を瞑る。ロープで少しこすれた手のひらを指で撫でた。「豆が潰れちゃった」
「どうした」
オルオとペトラの出来を背後で見ていたリヴァイがそばに立った。の右手を取って、人差し指と小指の付け根にあるたこを見降ろす。浅く頷き、
「正しい場所に剣だこができてる。基本の扱い方が身についてきた証拠だ」
「前までは全部の付け根にできてました」
ほんのり肉色の手のひらには治りかけの跡があった。
「グリップを握る手に余計な力が入ってたんだろう。左はどうだ、見せてみろ」
「こっちは相変わらずみたいです。あまり力が入らないし、剣も使いづらいです」
は左手を見せた。四本指の付け根、第二関節部分にも固めのたこができている。
「利き手じゃないから難しいのは分かるが……こりゃひでぇ」
傷の具合ではなく、正しくないたこの出来具合のことをリヴァイは言ったのだ。彼は腰のポーチから五百円玉大の薬入れを取り出した。蓋を回して開け、青っぽい軟膏を指に取る。
「薬がしみるかもしれん」
「薬なら自分で塗ります!」
薬を塗ってくれようとしてリヴァイに再び掴まれた手を、慌てては引こうとした。が、ぐっと引き戻される。
「左手は仕方ないとして、右手は頑張ったじゃねぇか。うるさく小言を言い続けた甲斐があったってもんだ」
ひょっとして褒められているのだろうか。眉も口許もいつもの能面なので分からないけれど。
よりも長いリヴァイの人差し指が手のひらを滑る。
「痛そうだな。今夜の風呂はしみそうだ」
ひんやりとした軟膏は血が滲んでヒリヒリする傷に心地好かった。けれど他人の傷口に触れてリヴァイは気持ち悪くないのだろうか。
「血が出てるから、手が汚れます」
「たいして汚れない」
「でも他人の血です。リヴァイ兵士長は潔癖性なのに」
「なんでもかんでも忌み嫌ってるわけじゃない。それにこれを汚れとは言わない」
から見れば彼は重度の潔癖性である。
「ボクが一日お風呂に入らなかっただけで、ひどく嫌ったじゃないですか」