第2章 :神業と出立と霹靂(そんな程度の女)
「ちょっとな。深い意味はない」嘘だ。深い意味が込められていた。男じゃ到底分からないことだから女に聞いてみたのである。
首を捻りたい気分でリヴァイは窓の縁を指で叩いた。
「そういや」と思いついたようにハンジは顎に指先を添える。「私の友人で男に生まれたかったって女子がいるよ」
リヴァイは視線をハンジに戻す。
「参考までに詳しく聞かせてくれ」
「繊細な話だからここだけにしておいてね。その子、女で生まれたんだけど、両親は跡取りになる男の子を強く望んでたんだって。毎日のように、何でお前は女に生まれたんだ、男だったらよかったのに、って言われ続けてたらしいんだ。女だから両親から愛されないんだ、って深く傷ついたらしくてね。私と同い年の子だけど、その子、男としていま生活してるよ」
「男として?」
「うん。胸の膨らみをひどく嫌ってたり、女そのものを毛嫌いしてる節がある子なんだ。ひらひらした可愛いらしい服なんて着たくもないみたい」
やんわり結んだ拳を顎に当ててリヴァイは何回か浅く頷く。
「そういう事情の可能性もなきにしてあらず、か」
「え? 何が」
馬鹿面でハンジが首をかしげた。
「いや、こっちの話だ」
籠った雨音しかしない廊下をリヴァイは考えを巡らせながら歩いた。理解できない世界だが、女が男でありたいと強く思う事例があるらしい。
と組み手をしたときに、もつれながら倒れ込んだ日を思い返していた。出し抜けのことだったので、あのとき地面に手を突こうとしたとき誤っての胸を突いてしまったのだ。
開いた右手をリヴァイは見降ろす。僅かだけれど胸の膨らみを感じた。太っている人間なら男でも多少胸のある人はいるのかもしれない。が、は細身である。
思い起こせばベルトを装着してあげたときの華奢な腰も奇妙に思ったものだ。それと彼を抱き寄せたときにリヴァイの性が反応したのは、自分が可怪しいわけではなく、生まれながらの本能だった。
総合的に見て、「彼」は「女」に違いない。
しかしハンジの話から推測すると「彼」は「女」であって「女」ではないのである。よって「男」として扱ってやるのが優しさなのだろう。
(野郎? アマ? いや、野郎か。……面倒くせぇ)
はぁ、と長く溜息をついたリヴァイは頭を垂れた。つくづく厄介な荷物を抱えたものだと思っていた。