第2章 :神業と出立と霹靂(そんな程度の女)
「なぜ?」
「なぜって」雷で青白い顔のハンジは現実逃避したような顔になった。「そもそもはを壁外調査から外したくて、あんなはったりじみたことをかましたんでしょ?」
できれば外すほうにエルヴィンが折れればよかったとは思う。
「はったりであんなこと言うかよ。無責任なことを口にするのは好きじゃない」
「意地でも張ってるの? 初列索敵と荷馬車班じゃ生存率は段違いだよ。育てている部下をむざむざ失いたくないからなんだよね、あなたの胸の内は。だったらなおさら荷馬車班にしてあげたほうがいい」
「荷馬車班が絶対とは言い切れない。前回の遠征では、四台のうち一台が巨人に踏みつぶされたじゃねぇか」
「それでも索敵班よりはずっといいさ。悪いけどはっきり言わせてもらう」
ことさら凄まじい雷がバリバリと音を立てた。光った眼鏡のせいでハンジの瞳が見えない。片手を揺らす彼女の語調は批判的だった。
「精鋭班に彼を入れる必要性が理解できない」
「理解してもらおうとは思ってない」
「彼は落ちこぼれって噂もある。訓練の様子を何度か見かけて、私もその通りだと思った」
「だから?」
「実力のない人間を、そこに組み込むのは迷惑だってこと」
ハンジの傍らに並んで、波のように窓から雨が滴り落ちるのを何となしに見る。
「周囲に迷惑がかからないよう配慮すりゃいいんだろう。俺がフォローすれば済むことだ」
「無理がある」向き直ってきたハンジが眉を顰めて言い含めてくる。「ただでさえ神経を使うのに、他人に注意を払いながら行動するなんて」
「それはハンジ、お前の場合だろう。俺ならやれる」
肩を大きく落とし、ハンジは溜息をついた。打ちひしがれたような弱りきった顔だ。
「どうしてそこまでして肩入れするの。彼に拘る理由でもあるの」
「拘ってるわけじゃないが」無表情がぼんやりと窓に映り込んでいた。「そうだな。ハンジの言う通り、意地など張ってないと言ったら嘘になるか」
エルヴィンが言った「壁」という言葉が、魚の小骨となってリヴァイの喉にずっと刺さりっぱなしだった。仲間が目の前で死んでいっても、前を見据えてただひたすらに突き進んできた。が、こんな残酷な未来に抗いたいと、どこかで思っていたのかもしれない。そして抗いに使う対象が、たまたまだったということだろう。