第4章 雨月
「…アンタ…誰よぉ…?」
ドアの向こうから、しゃがれた声が聞こえた。
「智はどこよぉ…早くここから出してよぉ…」
ドアが壊れそうなほど大きな打撃音が聞こえた。
またドアに衝撃が来て、ソファが少しずれた。
「出せって言ってんだろお!?出せっ…」
完全にリミッターが外れてる。
女性の力で動くような重量のソファじゃない。
それが、ドア越しの衝撃で動くなんて…
アル中かもしれないって父親が言っていたが…
「智くんは、居ませんよ…」
「アンタ誰よっ!?なんなのよっ!?」
でも…なんか一言、言ってやりたくて…
ソファを少しずらして、ドアに手を掛けた。
少し開いた隙間から部屋の中が見えた。
薄暗い中、夜叉みたいに髪を振り乱した女と目が合った。
「…智くんの担任の、櫻井です。お母さん…」
「あっ……」
大きく目を見開いて、よろけて後ろに尻もちをついた。
「いつもお世話になっております」
「な…なに…なんで先生が…」
まだ正気が残っていたのか…あたふたしながら手で髪をなでつけて、黒のロングスカートの裾を直している。
「智くんは…」
「え…?」
引き攣った愛想笑いで、醜い夜叉が俺を見上げた。
「もう、この家には戻りませんよ」