第4章 雨月
「わかりました。それはやめておきましょう…」
考えた。
こんなスピードで頭を回転させたことは、後にも先にもないだろう。
『あ…ありがとうございます』
「私は智くんの担任です。彼の将来に傷をつけるわけにはいかない…」
『も、もちろん。私も父親として…』
「この件は内密にする代わりに…智くんは私が預かります。下宿という形で学校には届け出ます。母親が病気で、頼れる身内もいないのでということにしましょう」
『え…?』
「もちろん、あなたが奥さんをきちんと病院に連れていき、しかるべき治療をして、智くんが戻れる状態になったら、家にお返しします」
『で、でも…』
「児相で保護してもらっても、いいんですよ?」
少し言葉尻が強くなってしまった。
『そ、それは…』
「まずいでしょう?あなたもまずいし、智くんも学校に居られなくなる…」
私立高の生徒が児相案件になったら…
間違いなく退学処分だ。
学校は素早く保身を図る。
巻き込まれないように…
『はい…』
「いくら婚姻が破綻していると言っても、まだ書類上はあなたの妻なんですから、きちんと奥さんの面倒を見てください。少なくとも、自分の息子に全部おっかぶせるのではなく…」
大野の泣き顔が、まぶたに蘇った。
「あなたが、夫として父として、責任を取ってください」
『……』
「逃げ回っていても、誰も何もしてくれませんよ。放っておいても、事態は悪化するだけです。もう、あなた以外、どうにもできない。あなたがやるしかないんですよ。奥さんにも智くんにも、あなたしかいないんです。逃げないでください」
息を呑む音が聞こえた。