第3章 薄月
ガクガク揺れる視界には、鬼みたいな顔した女が居る。
誰だろ…これ…
「やっぱりあんたもっ…私を裏切るのねっ…裏切り者ぉっ…!」
「あんただって…外に男いるじゃないか…父さん知ってるよ?」
ピタリと動きが止まった。
乱れきった長い髪には白髪が混じってる。
驚愕に見開かれた目。
酒くさい息。
汚い
汚物
こんなひとも知らない
「あんたに…あんたにぃ…何がわかるっ…私の何がっ…」
酒臭い…そんな近くで怒鳴るなよ…
胸ぐらをつかむ手首を掴んで、振りほどいた。
よろけた母さんは、食器棚にぶつかると俺を睨んだ。
「あんたなんかぁっ…あんたなんか産まなきゃよかったっ…!」
そう言うと、乱暴に食器棚を開けて、中の食器を力任せに床にぶちまけた。
「…そう…」
派手に食器の割れる音を聞きながら、俺は自分の部屋に戻った。
「逃げるのっ!?逃げるのねっ!?あんたなんかっ…あんたなんかっ!」
金切り声で何を言ってるのかも、よくわからない。
じいちゃん…
俺もう、だめだ
部屋に入ると、ありったけの荷物をボストンバッグに詰め込んだ。
宛があるわけじゃない…でも、もうここには居られない。
部屋の外からは、相変わらずすごい音が聞こえてて。
また母さんはリビングを破壊してるようだ。