第3章 薄月
「あの…昨日、お電話でも少しお話したんですが…」
「ああ。大変申し訳ありませんでした」
いきなり、大野の父親は座ったまま頭を下げた。
「えっ…あの…」
大野の父親は、40代半ばだったと記憶している。
大企業の役職者らしく、仕立てのいいスーツを身に着けていた。
髪はきれいに整髪料を付け後ろに流しており、大野と比べると相当身だしなみには凝っているように見えた。
まあ、大企業の役職付きだから当然なのかも知れないが。
顔はそっくりとまではいかないが、大野と似ている。
でもなんとなく…大野と並ぶと違和感を感じた。
その時、ウエイトレスが俺のホットを持って来た。
父親はすぐに顔を上げ、少し視線を逸している。
カチャっと微かな陶器の音を立てて、俺の前に温かいコーヒーが置かれた。
伝票を机に置くと、ウエイトレスは、またすぐに下がっていった。
父親の前にはすでに冷めきったホットコーヒー。
大野の前には、グラスに雫のたくさんついたアイスカフェラテ。
自分の前に置かれたカップから立ち上る湯気を見ていたら、大野の父親がぽつりと言った。
「智がご迷惑をおかけしまして…」
「いえ、あの…そうじゃなくてですね。お父さん…」
また頭を下げようとしたのを押し留めて、俺は大野の顔を見た。