第3章 薄月
「…大野…」
言えない
言っちゃだめだ
言ったら母さんが…連れていかれる
俺、ひとりになる
部屋の前に置いてあった、小さな土鍋…
母さんは俺のこと…まだ…
「…大野、どうした…?」
何も答えられない。
喉の奥に熱い塊が居て、心臓がバクバクして声が出せなかった。
言い訳を言うこともできない。
何か言おうとしたら、ボロボロと崩れそうで。
全部言ってしまいそうで。
俺は男だから
母さんは女だから
だから、俺が我慢すればいい
男は弱音なんか吐いちゃいけない
強くなきゃいけない
でも…
先生…俺、つらいよ…
逃げ出したいよ
もうあの家に、帰りたくないよ
ああ…あいつ…
階段の踊り場で、丸まって泣いてた先輩…
あいつは、俺なんだ
逃げ出せばいいのに
甘んじて被害者ぶってる
あいつは、俺
誰も…誰も助けになんか来ない…
「大野…」
先生が、ポケットからハンカチを出した。
「拭きなさい」
何を…?
「涙を、拭きなさい」
俺、泣いてなんかないよ?
「ほら、いいから」
俺の手を強引に取って、ハンカチを握らせた。
「…いくらでも泣いていいから…」
そう言われて、初めて俺が泣いているのを知った。