第3章 薄月
「明日はちゃんとローファー履いてくるんで…今日はその…」
「放課後、なんか用事あんのか?」
「はい…その、家の片付け…があって…」
やけに歯切れが悪い。
「じゃあ、家に電話する」
「は?」
「お母さんに本当に用事があるのか確認する」
「ちょっと…」
「生徒指導の大事な時間なんだ。そのくらいの時間、お母さんにも協力してもらわないと…」
「やっ…やめろよっ…!」
電話に伸ばした手を、強い力で掴まれた。
「…大野…」
職員室には、ちらほらと同僚が居て、何事かとこちらを伺い見ている。
一番近くの席の澄岡さんは、じーっと見てる。
「あ…すい、ません…」
慌てて大野は手を離した。
「それは…やめてください…」
「なんでだ?なんかまずいことがあるのか?」
「いえ…別に…」
そのまま目を逸らして黙り込んでしまった。
「…しょうがないな…電話が駄目なら、家庭訪問にするか…」
「えっ…」
「大野がきちんと理由を言ってくれないからだろ?どうして放課後の生徒指導に来れないんだ」
「それは…だから…」
また言い淀む。
「大野…なんか、家に問題があるのか?」
「えっ…」
「なんでビーサンなんか履いてきたんだ?」
目を見開いて俺を見た。
その瞳には、また怯え──
「…放課後、来ますからっ…失礼しますっ…」
走るように、大野は職員室から出ていった。