第1章 狐月
Side S
「桜花(さくらばな)…何が不足で散り急ぐ…」
すっかりと葉桜になってしまった校門横の桜の大樹を見上げ、聞きかじった俳句を口にしてみた。
確か、前回の校門当番の時は、まだ桜の花がところどころに残っていたように思うんだがな。
季節が巡るのは早い。
「やべ…」
俺、今すごくおっさん臭くなかったか…?
「何いってんの?先生」
ジョリッとヒゲの剃り跡の残る顎に指を当てて考え込んでいたら、すぐ後ろから生徒が声を掛けてきた。
「うおっとっ…も、もうすぐ予鈴だぞ。はよ教室いけや」
「へーい」
まずいことにうちのクラスの生徒だった。
ブツブツ独り言を言っている怪しい担任だと思われたに違いない。
「後で口止めしておこう…」
連休明けで予鈴前だから、ギリギリに登校してくる生徒もまばらで、暇なもんだから思わず一人の世界に入ってしまっていた。
エスカレーター式でラクラク母校の大学を卒業した俺は、教員免許を取ったものの、卒論の提出でごたついてしまい、採用試験に失敗してしまった。
最後の頼みの綱、母校の高等部に掛け合ってみたが、来年度は人員十分との返答だった。
だもんで、凹みまくった俺は、1年間海外へ放浪の旅に出ていた。
たった1年日本を離れていただけなのに、3月下旬に帰国したときに咲き誇っていた桜を見て、なんと日本は美しい国なのだと思ったものだ。
それ以来、密かに桜が一番好きな花になっている。