第2章 寒月
一瞬…
ほんの一瞬だった。
怯えた目をした──
「…大野…?」
「違う…殴られてなんかない」
そう言って俺に背中を向けた。
「ぶつけたんだ」
「いや、大野…ちゃんとこっちを見なさい」
肩を掴んで無理やりこちらを向かせた。
また振り払われるかと思ったが、大野はシニカルに笑った。
「…今朝の先生みたいに、間抜けにぶつけたんだって」
「え…?」
「トイレ行って、ドア開けようとして、寝ぼけてたのかドアが半分しか開いてないのに、突進しちゃったんだよ」
そう言って、ちらりと上に目を向けた。
「先生、ガーゼに血が滲んでるよ?」
「えっ…」
「傷口開いたんじゃねえの?」
「いや…さっき病院に行って、ちゃんと縫ったから…」
「え?縫ったの?」
「血が止まらなくてだな…」
「マジで…」
大野の顔から、シニカルな笑いが消えた。
「…ごめん…」
「え?」
「俺のこと、追っかけたからだろ…?ごめん…」
「いや…こんなのなんでもないから」
「でも俺のせいだ…」
「いやいやいや、気にすんなって…」
俯いてしまったから、焦ってしまった。
「…明日、ちゃんと学校行くから…だから、先生も家帰って…?」
「え?」
「ちゃんと休んでください。俺、一人で家帰れるから…じゃあ…」
そう言って、大野は走り出してしまった。
「大野っ…」
「ごめん!ちゃんと家帰るから!先生、おやすみ!」
一瞬振り返った大野の顔は、嘘をついてる感じじゃなかった。
だから、追いかけるのは断念してしまった。
それに…ちょっと傷が痛かった…
血が出てるって言われたからかな…