第8章 幾望
「…凄く楽しかった…」
「…そんなに俺の失敗談を聞いて楽しかったのか?」
「ちっがうよ…」
車の窓の外を見ながら、くすくす笑ってる。
「笑ってんじゃねえよ…」
「だって翔、まんまじゃん。今も」
「う…」
「昔の話聞いて、楽しかったよ」
「そうか…楽しかったのならいい…」
智は窓の外を見たまま、呟いた。
「好きな人の昔の話が聞けて…嬉しかったよ…」
びっくりして横を見ると、耳まで真っ赤になっている。
「お、おう…」
俺もなんだか赤くなった。
「…智も…聞かせてよ…」
「うん…」
「しんどくないなら、な…?」
「大丈夫…」
街灯の光が、車内を照らして。
真っ赤になったままそっぽを向いている智のシルエットを、浮かび上がらせている。
そのまましばらく無言だったんだが、ぽつりと智は呟いた。
「あ…月だ…」
窓から上を見上げてる。
「すぐ見えなくなる…」
「しょうがないだろ」
「ビル邪魔だなあ…」
「じゃあ、家帰ったらベランダ出てみるか」
「うん」
家に帰って、ふたりでベランダに出てみた。
五月も後半になってきて、夜でも暖かい日が続いている。
吹き付けてくる風は、気持ちいいくらいだった。
見上げた夜空には、半月が静かに浮かんでいる。
「月、好きだっけ…?」
「ううん…別に好きじゃなかったけど…」