第1章 狐月
その声には、聞き覚えがあった。
だから俺は反射的に走り出した。
「おいっ…待て!大野っ…!」
やっぱり…
担任の櫻井だ。
この春、俺のクラスの担任になった。
新任からうちの学校に居るが、担任を持つのは初めてだそうで…
すごい熱血で接してくるのが、うざい。
「待てってば!大野っ…」
中高一貫で、そのまま希望すれば付属の大学にも進学できる。
寄付金の額では、都内随一の私立高。
所謂、ボンボン男子校で。
櫻井は、卒業生だそうだ。
だから、必然的にボンボンで…そしてどんくさい。
「待てっ…大野っ…走るなっ…どあっ…」
俺を追いかけてくる足音が途絶えた。
後ろを振り返ったら、見事な大の字で櫻井は道路に突っ伏していた。
「…またかよ…」
見た目、シュッとしてるのに…
まあ、服装はだっさいけど…顔は悪くないのに、どんくさいんだよなあ…
「おい…せんせー…大丈夫かよ…?」
多分、全速力で走ってたから、酷いすっ転び方をしたはず…
駆け寄って声を掛けてみたけど、起き上がらない。
「ちょ…櫻井せんせー…?」
肩に手を掛けて揺すろうとしたら、手首を掴まれた。
「つーかーまえーたー…」
上げた顔は、メガネがズレて…
額から血が流れていた。