第7章 繊月
相葉先生は、いつまでも車に向かって手を振ってた。
「子供みてぇ…」
「ぶ…なんてこと言うんだ…」
先生は後ろを振り返ってた俺の頭をコツンと叩いた。
「凄い人なんだな…あの人…」
「うん…」
日曜の夜だからか、そんなに道は混んでなくて。
順調に車は走っていく。
「…大丈夫か…?智…」
「うん…大丈夫だよ…」
先生が、名前で呼んでくれる。
それが無性に嬉しかった。
「無理だったら、俺が荷物取りに行くぞ?」
「大丈夫だよ…だって、あの家空っぽだもん…」
「え?」
「もう、誰も居ないもん…」
「…そっか…」
ぎゅっと、助手席に座った俺の手を翔は握ってくれた。
マンションの近くのコインパーキングに車を停めた。
ゆっくりと歩いて、翔とふたりでマンションに入った。
ポケットに入れていた鍵でエントランスの自動ドアを開けて。
エレベーターに乗って部屋に上がっている間、翔は口を利かなかった。
家の中は、暗かった
あのときのまま、暗い。
母さんが荒らしたリビングは、片付いていた。
ソファも元の位置に戻ってた。
でももう、人が住んでた気配は…どこにもなかった。
リビングを通り抜けて、自分の部屋に向かう。
ドアを開けると、そこだけ…
懐かしい匂いがした。