第2章 寒月
「痛っ…」
割れたグラスの破片で指先を切ってしまった。
血が盛り上がるように吹き出てくる。
ぼんやりとその血が溜まって、床にぽとりと落ちるのを眺めた。
額から血を流してる、担任の姿を思い出した。
あいつ…櫻井の奴…
ばかじゃねえの…
あんな血出てんのに、俺を教室に入れるほう優先しちゃって…
やせ我慢して
真っ青な顔して、倒れそうになってんじゃん…
”寂しいなら、寂しいって言わないと…”
急に柴犬みたいな仁科の顔が浮かんできて、思わず舌打ちした。
「寂しいなんて…小学生じゃあるまいし…」
男は…強くなきゃいけない
男は…弱音なんか吐いちゃいけない
死んだじいちゃんの口癖だった。
たった一人…俺がこの世にいることを、認めてくれたじいちゃん…
グラスの破片を拾い終わると、アイランドキッチン付近に散らばってる赤ワインをタオルで拭いた。
母さんは、アイランドキッチンの隙間で、いぎたなく眠ってる。
その細い体を抱き上げると、寝室のベッドへ運んでいった。
リビングに戻ると、滅多に鳴らない家電が鳴っていた。
無視して部屋に入ろうとしたけど、留守電に切り替わった。
『あ~もしもし?智くんの担任の櫻井ですけど…』
すげえよそ行きの声じゃん。
澄ましてんの…
コケたときの間抜けな姿を思い出して、思わず少し笑ってしまった。