第6章 幻月
膝を抱えたまま、左手の親指の爪を齧りだした。
「…本当は、寂しいんだよ…あの人…」
「寂しいからって…」
「わかってる。わかってるよ…寂しいからってあんなことしちゃ駄目だってわかってる。だけど…」
少しだけ黙り込んで…
また仁科は爪を齧った。
「…幸せに育った人には…わからない」
投げつけるように言うと、また黙った。
ザクリと心臓に来た。
俺には理解できない領域のことだと、突き放されたようだった。
「カズヤ…」
仁科の手を、相葉先生がそっと止めた。
「爪が傷むでしょ…自分の体なんだから大事にしなよ。自分しか大事にできないんだから」
「…うん…」
「それから、翔ちゃんに八つ当たりしないの。体験してないからわからないことなんて誰にだってある。それでも、わかろう理解しようという姿勢がある人に、そんな態度取っちゃいけない」
ちょっとびっくりした顔をして、爪を齧るのをやめた。
「ごめん…なさい…」
そのまま齧った自分の爪をじっと見てる。
「…だから、翔ちゃん…」
「はい…」
相葉先生がまたマグカップを取って、コーヒーを啜った。
「レイプのケアもしてあげなきゃいけないと思う」
「…わかりました…」
「今はとにかく、酒とドラッグを抜くことが優先だけど…もしも泣いたりしたら、そっちの心の傷だと思うから…」
「はい…」
「…翔ちゃんは医者じゃないんだから…ドラッグが抜けたら、専門家に頼ろう」
「そう、ですね…」