第6章 幻月
うちのマンションに着いて、大野を運ぶのを松本親子に手伝ってもらった。
お父さんが、なにかあったらと携帯の番号をメモして渡してくれた。
ここまで協力してもらって、これ以上はお願いできませんって言ったら、松本のお父さんは笑った。
潤の友達のことだから、と。
心配そうな顔をしながら、松本親子は帰っていった。
見送って部屋のドアを閉めた瞬間、力が抜けた。
裸の大野が、見えたとき…
一瞬、頭の中が真っ白になって
あの先輩とやらを、ぶっ殺してやろうと思った
声だけしか聞こえない
結局姿は見ていないが
見なくてよかった
顔を覚えていたら、次もしも会ったら殴り殺すかもしれない
そのくらい…激しい感情が俺の中に渦巻いた
それを必死に押し殺して。
我慢して、大野をここに連れてくることを優先させた。
それが最善だと思ったんだ。
正直あんなところ…一秒でも大野を置いておきたくなかった。
って、仁科置いてきてしまったけど…
「ああ~…」
あれは溜まり場で…未成年の子供たちが「そういうこと」をする巣窟になっている場所で…
自分の青春には登場しなかった陰のある場所…
あんなところで、大野は一体どんな顔して過ごしていたんだろうか。
家の一番奥の部屋である寝室に寝かせた大野は、まだ汗をかき続けている。
苦しそうな息をしているから、まだ相葉先生からは連絡はないが、櫻井の家でお世話になっている主治医のプライベートの電話に連絡してみた。
医師は俺が小さな頃から診てもらっていて、お年だから半ばもうリタイア状態で。
週に何回か開けるだけの個人医院の診療の傍ら訪問診療をしているから、電話だけはいつでも通じるようになっている。