第2章 寒月
自分の部屋に行くには、リビングを通らなければならない。
そっと気づかれないよう静かにドアを開いて、足音を立てないように歩いた。
リビングには、洋楽が爆音で流れてる。
「あんた…なにしてんの?学校は?」
呂律の回ってない女の声が聞こえた。
振り向いたら、リビングの奥のアイランドキッチンで、だらしなくバスローブを羽織ってるだけの女が居た。
長い髪は、濡れている。
さっきまで風呂に入っていたんだろう。
手にはグラスと、ワインの瓶を持ってる。
「体調悪いから帰ってきた」
「ほんとなの?風邪?」
「…そうじゃねえの…」
会話を断ち切って、背中を向けた。
その瞬間、何かが俺の横を素通りして、目の前の床で弾けた。
あの女が手に持ってたグラスだ。
「嘘つきっ…!風邪なんか引いてないでしょおっ!?」
「…嘘じゃねえよ…」
「嘘!嘘!嘘嘘嘘よっ…嘘つきっ!」
ヒステリックに叫ぶと、俺に向かって突進してきた。
逃げ出したいのに、身体が動かなかった。
「嘘つきっ…嘘つきっ…」
制服のジャケットの襟を掴むと、力任せに頭を殴ってきた。
女の力だから、そんなに痛くはない。
でも俺は逃げることができなかった。
体が硬直して、足を踏み出すことができなかった。