第1章 狐月
「俺は、静かに暮らしたいんだよ…」
「何、年寄りみたいなこと言ってんのさ…」
さっきまでダサい教師と居たから、じじい臭いのが感染ったのか。
仁科は机に突っ伏したまま、ズボンのポケットに手を入れた。
笑いながら俺に、ティッシュを差し出してきた。
「…ありがと…仁科…」
「そろそろ名前で呼んでくんない…?隣の席のヨシミで」
「はあ…?」
「カズヤっていうの」
「…ふうん…」
「別に大野に手を出そうなんて思ってないから」
「ぶっ…な、何いってんだよ…」
「だって、大野、女好きじゃん?」
もらったティッシュを袋から取り出して、手を拭いた。
少しだけティッシュが赤くなった。
クシャッと丸めて、ポケットに突っ込んだ。
「智」
「え?」
「俺の下の名前、智」
残ったティッシュをカズヤの机に放り投げた。
乾いた音を立てて、ティッシュは無事机に着地した。
それを見て、カズヤは微笑んだ。
「俺、別に女好きじゃねえよ?」
「へえ?」
「それに、目立ってもない」
ぶーっとカズヤは吹き出して。
机に置いた腕の中に顔をうずめてしまった。
「…なんだよ…」
「自覚ないんだ…?」
くぐもった声が聞こえたかと思ったら、真っ赤にした顔を上げた。
「あ…?」
「すごく、目立ってるよ」