第1章 フー・アム・アイ
ざあっと吹き抜ける風が、少女の顔を露わにする。
遠くを見つめるその目は、とても悲しい色をしていた。
「…僕も、同じかなぁ。悪を倒すために悪を利用することを悪いことだとは思わないね。悲しいことに、この世界は綺麗事だけじゃ生きていけないからね」
「……やっぱ、誤解やなかった。京楽隊長、思った通りのお人でしたわ」
そう言って、嬉しそうに少女が微笑む。
「愛美ちゃん、君は―――」
「市丸ー!どこにおるんやクソガキー!」
続けようとした言葉は、少女を呼ぶその声に遮られ消えてしまう。少女はぽかんとした様子でその声の主を見ていたが、やがて溜息を吐いて立ち上がった。
「お迎え、来てもうたみたいです」
「どうやらそうみたいだね。残念だな、君ともう少し話したかったのに」
平子君の、気の抜けた声が響き渡る。過保護なのは惣右介君だけではなかったかと笑い、笠を被りなおし立ち上がった。こちらに気づいた彼が、少女に大人げない小言を言いながら近づいてくる。ひらひらと手を振っていると、くい、と裾を引かれる。内緒話をするように、口に手を当てて一生懸命に背伸びをする少女に合わせ、しゃがんで耳を寄せた。
「さっきの話、平子隊長にも、藍染副隊長にも、内緒にしといてください」
それから、ありがとうございました。そう言って、ぺこりとお辞儀をして平子君の元へ向かう少女。その子を迎えながら、こちらに剣吞な視線を寄越す平子君は、挨拶もおざなりに「他所のモンに手ェ出すと痛い目みるで!」とだけ言って少女を連れて去っていく。随分な言われようだなと頬を掻き、けれど平子君と何やら言い合っている少女の表情が、作ったものではなく年相応に見えたから。平子君がいる限り、あの子は大丈夫だろうと、その場に寝ころんだ。
それから数日後、平子君やリサちゃんは、姿を消してしまった。