第1章 フー・アム・アイ
「…黒崎一護クン。優しい子やね、君は。ありがとう」
「…別に、何もしちゃいねえよ。…平子と、ちゃんと話せたんだな。良かった」
「………長えしコキ使われるしで散々だ。オイ市丸、終わったか」
舌打ちをしながら、破面の彼が言う。そんな彼に微笑みながら、終わったよ、お待たせ。彼女が言って、ならさっさと行くぞと破面の彼が彼女を抱き抱えようとする。それを阻止したのは平子サンだった。彼女を離さない。しっかりと手に込められた力が彼女を離すまいと、彼女の肩に食い込まんばかりの力が彼女を渡すまいと、そこに在る。
気持ちは、誰しも同じだ。市丸サンを死なせたくない。彼女を破面の彼に渡してしまえば、ひとりで静かに逝こうとすることは分かっているから。だから、離したくないのだと、だれもが分かっている。けれど。
「…平子サン」
歩み寄る。彼の手に手を添え、ゆっくりとその力を解いていく。
「気持ちはわかります。だけど、もう、市丸サンを楽にしてやりませんか」
「…せやかて、渡したくあらへん」
「百年間、彼女は我慢を強いられて生きてきたんス。最期は、好きにさせてあげませんか」
「……、」
震える手で、平子サンはそっと指の力を抜いた。市丸サンは僕に小さく礼を言い、そうして破面の彼が市丸サンを抱え、空間を弾く。彼女の名を呼びながら、涙を流す松本サンが駆け寄るのを、破面の彼は待ってはくれなかった。それが彼なりの市丸サンへの優しさであることは明白で、僕は彼に心の中で感謝する。そして、その黒い穴に消えていく二人を、市丸サンを、ただ全員で見送った。本当はすぐにでもひとりになりたかったであろう彼女を引き止めてしまったのは余計な世話だったかもしれない。けれど、最後に、彼女が泣けたのだから、きっとこれで良いと思った。
さようなら、どうか、お元気で。
救ってしまいたかった
(彼女の墓は、瀞霊廷ではなく花枯に建てられた。今日も多くの人が訪れていると聞く。僕はあれから、崩玉から松本サンの魂魄を取り出すために日々研究を続けている。それが何年かかろうと、何百年かかろうと、必ず遂げることを誓って)