第1章 フー・アム・アイ
副隊長就任祝いだと、彼奴は言っていた。そんなものは無用だと言ったはずなのに、彼奴はやると言って聞かなかった。迎えに来ると言っていたが、そこからどこかへ連れ出されるのだろうか。それならば、と。ちよを呼ぶ。すぐさま現れた彼女に夕食の用意をしなくて良いことを伝えると、にこりと笑った彼女が、市丸嬢からそのように伺っております、と言うものだから。爺様をはじめとする朽木家の者に根回しをするこの徹底ぶりに、相変わらずいけ好かない奴だと眉を顰めた。大体、朽木家の者は彼奴に甘すぎるのだ。正門からではなく、わざわざ垣根を超えて迎えに来た愛美の姿を認め、心の中で苦言を呈す。
「白哉クン、お待たせ」
「遅い」
「ごめんて。ほな、ちよさん、白哉クン借りて行きます」
「はい、いってらっしゃいませ」
「…私は正門から出るぞ」
はいはい、と笑って垣根の向こうに消えた彼奴を見届け、立ち上がり正門へと向かう。内心、少し驚いていた。非番時の私服姿は何度も見たことがある。あまり着飾ることに関心のない彼奴は、いつも簡素な着物を着ていた。しかし、先程垣根から姿を現した彼奴は、色鮮やかで上質な素材の着物を着ており、それがとてもよく似合っていた。曲がりなりにも彼奴が正装をするということは、向かう先はそれなりの場所らしいと見当をつけ門をくぐる。
「ほな、行こか」
ひらりと身を翻し隣を歩く姿に少しの居心地の悪さを感じながら、ぽつぽつと会話を交えて歩いた。向かっている先は、瀞霊廷の外れの方だった。
「……白哉クンのお祝いしよ・思うても、私から白哉クンにあげられるもんなんてたかが知れとるし。せやから、すんごい悩んだわァ、白哉クンが喜びそうなモン」
言って、ひっそりと隠されたように在る料亭の暖簾をくぐる愛美。なるほど、確かに此奴が正装してくるだけの店ではある。出迎えた者達は皆少し緊張しながらも品があり、そうして部屋へと案内をされながら、ここに訪れる者の秘密は必ず守ると説明を受けた。秘密、か。お前はよくここに来るのかと問う。それなりに、と此奴は笑う。誤魔化すように笑うその姿は、面白くない。
「では、私はここで。後ほど料理をお持ちいたします」
ある一室の前で、案内人が去っていった。ほな、入ろか。言って、愛美が襖を開く。そうして、そこに居た先客に、目を見開いた。
