第37章 外伝
さよならを言えない夜に
夜。執務も終わり、静かな瀞霊廷を背を丸めて歩く。季節はもう春だというのに、夜はまだ肌寒い。ぶるりと身体を震わせながらやけに明るく光を放つ月を見上げる。あいつがいなくなってから、数ヶ月が経っていた。
「……いつまでうじうじしとんねん」
自分に呆れながらも、足は勝手に動く。あいつが見つかった場所。そこは、俺が藍染の手に嵌められた場所でもあった。嫌な記憶しかないその場所へ行こうと思ったのは、漸くあいつの死を受け入れられるようになったからだろうか。
何の変哲もないその場所には、当時、あいつの血が蔓延っていたらしい。今では雨に晒され風化してしまい、そこには何も残っていない。この場所へ来ることを心の何処かで恐れていたけれど、いざ来てみれば、何ということはなく。ただ静かに、市丸を想う。後ろから近付いてくる足音には気付いていたが、声をかける気にはなれなかった。
「いやあ、奇遇だね」
こんな時間に、こんな所で会えるなんてさ。言って、俺の隣に座り込んだのは京楽サンだった。こちらのセリフだ。
「あんたも不粋なやっちゃなァ、俺を一人にしてやろぅいう気遣いはないんかい」
「そうカリカリしなさんな。…ちょっとね、僕にも思うところあってさ」
意外だ、と思う。この人は軽薄そうで飄々としているが、案外シビアな考え方を持つ。市丸のことは、世界を守る為の仕様のない犠牲だったと、一番割り切っている人だと思っていた。真意が掴めず、探るように視線を向ける。酒を地に置いた京楽サンは、月が綺麗だと空を見上げた。
「…今の君は、あの子によく似ている」
---君がいなくなった丁度百年目の日にね、あの子もこうして此処に来ていたんだよ。あの子が此処へ向かう直前に、僕は偶々あの子に会ってね。余計な事を言って怒らせてしまって、そうして、あの子を一人で此処に向かわせてしまったんだ。それを後悔してるんだよ。きっとあの子は、あの日この場所で、大切な何かを置き去りにしてしまったんだろうから。
それきり口を閉じた京楽サンは遠い目をしながら、その時を思い出すかのように目を瞑る。