第35章 残照、やがて水没
「あんた、どちらさん?」
「---…!」
足元を見ると、懐かしい姿の愛美がいた。出会った頃の、幼い姿をしている。普段は隠しているその瞳で見つめられる。今も昔も、私はその目に弱かった。
「ここに人が来たん、初めてやわ」
「…君は、ずっと此処に?」
「うん。もうずっと長いこと此処にひとりぼっちや。せやから、お兄ちゃんが来てくれて嬉しい!」
あどけない笑顔を浮かべ、私の手を取った。良いものを見せてやろう、と言って私を何処かへ連れていく。少し歩いた先には、大量の宝石が転がっていた。大きさも色も異なる無数の宝石が、無造作に散らばっている。
「…これは?」
「偶にな、空から降ってくるんや。私が触ろうとしたら、静電気みたいなん起こって、触れへんのやけどね」
この子の精神世界だというのに、肝心のこの子が触れられないとは可笑しな話だ。近くにあった藍色の宝石を手に取る。じんわり、その宝石から、あの子との思い出が伝わってくる。夏祭りであの子に林檎飴を買ってあげたこと。嬉しいという感情。もう一つ、同じ色の宝石を拾う。眠っている私の横で、切ない表情をしながら顳顬に口付けを落とす姿。哀しいという感情。嗚呼、これは、あの子の記憶だ。閉じ込めた思い出の結晶だと理解する。
「あ、新しいんが落ちてきた」
子どもの姿の愛美が、ぽつりと呟く。真新しく降ってきたその宝石の色は藍色。私の記憶、なのだろうか。近寄り、それを手に取る。
「………」
「お兄ちゃん?」
「……っ」
「お兄ちゃん、泣いてはるん?」
手にした宝石からは、私がこの子に封印される際の記憶が宿っていた。愛しいという感情。伝わってくるそれは、私がずっと欲しかったもの。
「…泣いてなどいないさ」
膝をついて、困惑するこの子を抱き締める。初めて、人を愛するということを教えてくれた。初めて、私を真に理解しようとしてくれた。初めて、私を心から心配してくれた。普通の死神と同じように接してくれたことが、嬉しかった。もうずっと、この子から、かけがえのないものを与えられていたのだと知る。すぐそこまで迫っている死なぞ、微塵も怖くはなかった。
残照、やがて水没
(君を愛することができて本当に良かった。ありがとう、愛美)