第53章 生還
穏やかでありながらも憂を含んだ信玄の答えを聞いた瑠璃は
「それは残酷な答えですね」
と哀愁の声音で再び月を見上げた。
そして、
謙信に顔を向けた。
「謙信様はどうですか?」
「……お前の事など知らぬな…」
いつもと変わらぬ冷淡な謙信の声音が、
少し憂いを含んでいるように聞こえた。
「…俺は、いつ、何処で死んでも構わん」
「謙信…」
「謙信様…」
「信玄、いつ帰るのだ。迎えがくるぞ」
「あー……はいはい」
もうそんな刻か…と頭を掻きながら信玄は腰を上げると、
「今日はこれで失礼するよ。
また明日ね」
瑠璃に片目を瞑ってみせた。
信玄の背中を見送ってから瑠璃は謙信との距離を少し詰めたかと思うと、
「謙信様は、死にたいのですか?」
直球だ。
「何もない独りの世はつまらないものだ」
(独り、何も……)
盃をに寄せる横顔はこの世を見ていない。
死にたいとも生きたいとも書いてない。
成すべき事も、
大切なモノも、愛する者も、
無い。
(俺には何も…)