第36章 嵐 天主へ寄る
姫は背中に冷や汗が流れそうな気持ちだった。
「さぁ、直りましたよ」
「あ…ぁ…」
「人の親切にはきちんと礼を言うべきですよ?姫様」
何か恐ろしい物でも見たかのように、
瑠璃を見つめる藤隆姫。
(な…なんな…の…)
それは今まで藤隆姫が見て知っていた瑠璃と全く違った。
逆らえない強さを纏っていた。
「それでは姫様、お先に失礼致します。
政宗も」
動けないでいる藤隆姫に尚も妖笑を見せ、
挨拶をした瑠璃は、歩き出していた信長を追った。
追いついて信長に笑顔を見せる瑠璃。
その楽しそうな横顔を政宗は唇を噛んで見つめた。
瑠璃の見せる屈託のない笑顔は
(俺のものだったのに…)
今は自分には向けられない。
自分以外の男に向けられる瑠璃のあの笑顔。
(こんなにも心を荒れ狂わせるとは…)
欲しい物は他人へ向き、憤りは自分に向く。
苛立つ政宗とは反対に、瑠璃にも全てを見透かされていたのだと思えて、藤隆姫は恐怖の青い顔で瑠璃と信長の背を見ていた。