第1章 蒼い瞳
「ミオソティスから?」
「そうなんだよ。懐かしいなぁ。ヴァイオレットちゃんがうちにくる少し前に入社して、辞めたのはたしか」
「ヴァイオレットがドールの試験を受けに行ったすぐ後でしょ?まったく。社長なんだから覚えときなさいよね」
「…っ、仕方ないだろ、やることが多いんだからっ」
「だからってねぇ!」
「まーた夫婦喧嘩すか?下まで聞こえそうっすよ」
配達夫のベネディクトが、空いたドアの隙間から顔を覗かせる。ピンヒール様の高いブーツは、いつもなら靴音が響くけれど、それが聞こえなかった辺り、そっと近付いて来たのだろう。
「こんな人が旦那なんて有り得ないからっ!というか、何なのよベネディクト」
「ミオソティスから社長宛に、もう一通届いたんだよ。ガミガミしてっとシワが増えるぜ」
「~っ!あんたねぇ!!!」
手紙を手近なテーブルへ置き、おーコワ、とドアを閉めてコツコツと階下へ降りていった。
「ったくどいつもこいつも」
表面上は憤慨しながら、未開封の手紙をホッジンズへと手渡した。
ピ…ッ、ピ…ッ、ピ…ッ…
ペーパーナイフが折り目を裂いていく。
「………………」
「ミオソティス、なんて?」
「…………あぁ…」
「…?」
「………手紙を、書いてほしいそうだ…」
「手紙を?」
戦争が終わり、幾らか経済が上向いてきたとはいえ、それでも日々の生活に追われる人々も少なくない。
学業に専念できる環境は、名家や一部の富裕層にしかない。学費が捻出できないから、識字率も高くはない。
それでも手紙を送りたい人のために、ドールは存在する。