第4章 紫苑の空
その夜、グロリオサ中佐が何だか暗い顔をして帰宅したのを、アングレカム夫人は見逃さなかった。幼いツンベルギアはもう眠っている。
「お帰りなさい、あなた」
「……あぁ」
「………お夕食、持ってきますね」
「…ランタナ、来てくれないか」
「はい」
グロリオサ中佐の隣に座ったランタナは、何かにじっと耐えている夫の手をそっと包み込んだ。少しでも心休まるようにと、祈りながら。
「……いいか、よく聞いて欲しい。私は、たぶん、軍人ではなくなる」
「…はい」
「………君やツンベルギアにも、累が及ぶかもしれない。だから」
「行きませんよ、何処にも」
「ランタナ…、分かってくれ。君は母親だろう」
「確かに私はあの子の母親です。けれど、あなたはあの子の父親で、私はあなたの妻です。家族、なんですよ」
天涯孤独で、早くから苦労を強いられてきたランタナにとって、グロリオサの温かい人柄が何よりも救いだった。最愛の人と結ばれて、2人の間に産まれたツンベルギアも、ランタナにとってこの上ない幸せだった。
「あなたのことも、ツンベルギアのことも、世界で一番大切なんです。あなたが私たちを護ってくださるように、私もあの子を守りたいの」
「……ランタナ…」
「…あ、そうだわ。明日、ツンベルギアとお庭にヒペリカムを植えようと思うの。たくさん植えて、お庭を黄色い花が埋め尽くすの」
「お、おいおい」
「ふふふふっ」
ランタナの笑顔でグロリオサの憂いが少し晴れたのか、鬱々とした雰囲気が少し明るく見えた。