第3章 ヒペリカムの咲く庭で
ハッ…と、ヴァイオレットが目を覚ますと、出張代筆に訪れたアングレカム家で、ミオソティスに案内された二階の部屋だった。
「……………」
ヴァイオレットの部屋と同じ、東側の窓に机がある。
客人用の着替えが一揃え収めてあるタンス。清潔が行き届いたベッド。
「………」
ギィィ、ギィィ、コツ、コツ、コツ…
カタン…パチン、パチン……カツン…
椅子に腰を掛けて、バッグから取り出したタイプライターに手を添えた。不規則に穏やかな点滅を繰り返す町の上には、月を遮るように雲が浮かんでいる。
「………しょうさ…」
……………………カシャン、カシャン……
「……っ」
………………カシャン、カシャン、カシャン、カシャン…
親愛なるギルベルト少佐とタイプされた先がいつも続かない。
*****
照明弾を打ち上げて、振り向きかけた少佐。
眩い光の影になった少佐の、狙い澄ました狙撃手の放った弾丸が右目に命中して爆ぜた。
『…私は、もう少佐の役に立てないのでしょうか。道具としての価値は』
その光景は、夜なのに白昼夢のようで、飛び散る血や仰け反って倒れ込む少佐の姿は、スローモーションのように現実味がなかった。
『そうじゃない。……もういい。この話しは全てを終わらせてからにしよう』
その薬莢(やっきょう)の落ちた音で居場所が分かり、走り込んで一瞬のうちに隠れていた2人を殺した。
『……………はい……』
ダーーーーンッ!!バシュッ!!
「……く…っ!!」
別の物陰に隠れていた敵兵にヴァイオレット自身も撃たれて、二の腕から先の両腕を失った。
*****
「……………」
……カシャン…カシャン……
『私は』
結局、それから1文も書けないまま、月の代わりに陽が登った。