第3章 ヒペリカムの咲く庭で
雫が朝日に照らされて、少しずつ煌めきが増えていく。庭中の黄色に朝日の煌めきが反射して、まるで宝石箱だと毎朝思う。
ギィィ…
「こちらにいらしたのですか」
「…おはよう、ヴァイオレット」
「おはようございます」
「朝食の後、代筆をお願いするわ」
「かしこまりました」
花の中でしゃがみ込んだまま、振り向かずに用件だけを伝えた。
もう、昨日みたいな思いはたくさんよ。期待するだけ失望が深いから。
「……お加減はいかがですか?」
ヴァイオレットは中へ戻らず、まだそこにいた。
「なにが?」
「昨夜、ご気分が優れないと仰っておられましたので」
「…それもお客へのサービス?」
「いいえ。私がそう思ったのです」
「……………」
いつ以来なのか忘れた気遣いに触れて、思わず緩みそうになる頬を誤魔化す。背中を向けていたから、きっとヴァイオレットには見えていない。それに誰も、私の事なんか知らないフリするじゃない。
「そう。では1時間後に客間へお越しくださる?手紙を書くわ」
「承知しました」
…………ギィィ…
ヴァイオレットが戻った気配からたっぷり間を取って私も立ち上がる。
「…………………っ」
何を期待しているの。
もう誰にも期待しない。誰の言葉も信じない。そう決めたのよ。
『……ーーは、我がアングレカム家の娘ではありません。私に娘はおりません』
手当り次第、この花たちを毟って散らしてしまいたい衝動に駆られて、拳を振り翳す。
「…………」
そんなこと、出来もしないくせに。
誰のものか分からない心が私に毒づいて、腕から力が抜けていった。