第3章 ヒペリカムの咲く庭で
「本当に久しぶりね!あ、ここ座って!お夕食は食べた?お茶の方がいいかしら?」
「あの」
「今日は泊まって行けるのよね?あ、もう遅いから泊まるしかないわよね、もう私ったら、ふふッ。今お茶の仕度をしてくるからゆっくりしててね!」
「………」
ヴァイオレットに振舞いたくて紅茶は準備していたけれど、茶器をどれにするか決めてなかった…。淡いピンクにしようかしら。このお花柄も諦めきれないわね……。
「どうしよう……」
「お嬢様」
食器棚の前で悩んでいると、客間に居るものだと思っていたヴァイオレットに声をかけられて、ハッと振り向いてしまう。
「っ、お嬢様なんて、やめてよヴァイオレット。郵便社で一緒に働いてたじゃない。………忘れちゃった…?」
「覚えております。ですが、私に代筆の依頼を出された時点で、元同僚でも友達でもなく、大切なお客様です」
「………そぅ……」
「はい」
あれだけ浮かれていた気分が、割れた風船みたいに無くなってしまった…。もう、お茶を淹れる気分じゃないわ…。
こんな気分でお茶を淹れても、きっと美味しくない。
カチャン
「ごめんなさい、ちょっと気分が優れないの。今夜は休ませていただくわ。お部屋は二階の突き当たりを用意しています。お茶は好きに飲んでいただいて構わないわ。カップはこれでも、そこにしまってあるのでも、好きなものを使ってちょうだい」
「…承知しました」
「………お休みなさいませ。ヴァイオレット・エヴァーガーデン」
「…お休みなさいませ。お嬢様」
恭(うやうや)しく、でもわざとらしく、それらしく優雅に頭を下げて、ヴァイオレットの脇をすり抜ける。
ヴァイオレットは引き止めてくれるでもなく、そのまま寝室まで歩き通してしまった。