第2章 アストラガルスの雫
『君の名前を決めよう。……何がいいか…』
少佐が目の前でしゃがみ込み、背丈が逆転した少女を見上げて考え込む。少女には、名前が何なのか分からなかった。
モンシロチョウの羽ばたきが少佐の目に留まり、その先に1輪のスミレが小さく咲いていた。
『……!ヴァイオレット。君の名前だ』
『ばい、お…れっと』
『そう。そうだ』
『しょー、さ…ばいお、れっと』
『ちがう、私が少佐で、君がヴァイオレットだ』
「お父様はきっと、いつか貴方が後悔する日が来ると分かっていらっしゃった。だから、だから、貴方とご一緒に、誰かのいつかきっとを守りたかった」
「……っ」
「貴方は鍛治職人しか出来ないと仰いました。ですが、鍛治職人だからこそ出来ることもあるのではないですか?誰かのいつかきっとを守ることが出来るのではないですか?」
「……………もう、泣かんでいい。わしのような老いぼれのために、泣かんでくれ」
老士はそっと手を伸ばし、ヴァイオレットの蒼い瞳から零れ落ちる涙を拭った。
ガタンゴトン、ガタンゴトン
「……わしにも、まだやれることがあるのかの…」
「あります。必ず」
「…んぅ……」
老士は、被っていたハンチング帽をずり下げ、そのまま暫く口を聞かなかった。
ガタンゴトン、ガタンゴトン
「………………………もう1つ、頼まれてくれんか」
「…何でしょうか」
「……………手紙が、書きたい……」
「承知しました」
ガタンゴトン、ガタンゴトン
……ギィィ…
手紙を老士の隣に納め、その場で立ち上がる。
老士が何事かと顔を上げると、ホワイトの長いスカートをふんわりと左右に広げながら、右足を少し引いたヴァイオレットがお辞儀をしていた。
「…………!」
「お客様がお望みなら、どこでも駆け付けます。自動手記人形サービス」
ファサリ…
「ヴァイオレット・エヴァーガーデンです」