第2章 アストラガルスの雫
老士と別れて終点まで行き着いたヴァイオレットは、夜の中を歩いていた。三日月が照らす心許ない道は、ほとんど一直線だった。
ジャリ、ジャリ、ジャリ…
「……………」
代筆に訪れた天文台で、200年に一度、大きな尾を伸ばして現れるアリー彗星を見た夜は、この月夜よりも明るかった。
傷んでいく、膨大な数の本の再編纂(へんさん)には、大陸中のドールが招集された。
『大切な人が、大変な目に遭ってると知ったらどうする?……仕事を放り出してでも、助けに行くか……?』
「………………」
編纂のペアを組んだ写本科のリオンに誘われて、共にアリー彗星の到来を待った。
『旦那様、あれは………!』
『!!』
『……………初めて、間近に星を見ました』
『星じゃない!彗星だ………!俺たちは、もう二度と、生きてあれに出会うことは出来ない』
孤児として拾われて、少女兵として生きてきたヴァイオレット。
母親に置いて行かれて、寂しさを抱えてなお、母親を大切に思っているリオン。
リオンの本当の心に触れたヴァイオレットは、このときに初めて寂しさというものを知った。
そしてその寂しさは、少佐と離れた日から始まっているのだということも。
『ヴァイオレットーーー!またいつかー!きっと、会えるよなーーー!!』
コツ、コツ、コツ、コツ
ヴァイオレットは天文台から降りるゴンドラの中で、見送るリオンに向けて微笑んでいた。
「……いつか、きっと…」
コツ、コツ、コツ、コツ…