第2章 アストラガルスの雫
ガタガタガタガタ…ガタンゴトン、ガタンゴトン
「……修行を終えたわしは、そのまま鉄砲鍛冶になった。あれはもう、40年も前か。支払いは国費だから実入りは良かった。使い切れんのじゃないかというくらい、見たことも無い金額じゃった。その金を一番最初、何に使ったと思う?」
「…パン、でしょうか?」
「はははは、確かに腹は減っておった。だが、パンより先にした事がある」
「……?」
「手紙を書いたんじゃよ」
「……てがみ」
「親父宛てにな。わしは鉄砲鍛冶でこんなに稼いどる。アンタも鉄砲鍛冶になるなら、その手の仕事を手配しとる所に口を聞いてやってもいい、とな」
「…それで、返事は来たのですか」
「来たことは来た。それも1度だけ。ほんの何年か前じゃ。ちょっと、持っててくれんか?」
持っていたコップをヴァイオレットに預け、鞄のポケットから一通の手紙を引っ張りあげる。赤い封蝋は割れることなく、綺麗に剥がれていた。
「これが手紙と言えるのかと言われれば、違うのかもしれんなぁ」
汚れて草臥(くたび)れた封筒を指先で撫でる。ヴァイオレットには、その手つきも言葉も、あの頃を懐かしむものに思えた。
「……永く生きとると、良くないことにも出会う」
「よくないこと」
「あの戦争じゃ」
「……」
「あの戦争で勝つために、多くの武器や人が必要だった。仕事は次から次へと舞い込んで、金なんか使う暇もない。何百丁と鉄砲を作って、国に納めた。それが自分の、腕の良さから来るものだと自惚れてもいた。………誰かの手を借りたとはいえわしはどれほどの人を殺めたんじゃろうなぁ……」