第2章 アストラガルスの雫
ガタンゴトン、ガタンゴトン
ズズ…と、老士がお茶を飲み、ほぅ、とため息をつく。
「親父は不器用じゃった。愚直に鉄を鍛えることしか出来んかった。母親も、そんな親父について行ってずいぶんと苦労したんじゃろう。わしが15になった年、天使と出かけてそれっきりじゃ」
「……亡くなられたのですか」
「んぅ……まぁ…そう、なんだろうなぁ…。ベッドの中の母親は、そりゃあ綺麗な顔をしとった。身罷(みまか)っとるなんぞ思いもせんかった。親父はいつも通り、トンカントンカンしとったしの」
「………」
老士は小さく拳を振り上げてトンカントンカンと動作を真似ていたが、やがてダランと膝の上へ拳を収めた。その弾みで、鼻息が小さくフンと漏れる。
「親父のことは尊敬しとったんじゃが、貧乏がほとほと嫌になった。毎日毎日、木の皮を削って炊き出したような、何かの根っこを煮出したような薄いスープばかりでの。寝ても醒めてもひもじいというのが辛かった。そうしているうちに、苛立っとる自分に気が付いた」
「…苛立ち……」
「毎日ひもじいのも、貧乏なのも、だから母親が身罷ったのも、ぜんぶ親父のせいなのじゃないかと。そんな思いがチラとでも頭をよぎると、もうそれが答えのような気がしてな。苛立ちが湧けば湧くほど親父と喧嘩することが増えた」
「ご兄弟はいらっしゃらないのですか?」
「あー……妹が居たような気もするが、よう覚えとらん。歳は取りたくないもんじゃ」
カッカッカと襟足あたりを撫でつけながら笑った。
「わしはとにかく、1度でいいから腹いっぱいになってみたかった。もう食えんと言うてみたかった。だから、そんな思いを親父にぶつけた。良いものを作るより先に稼ぐ事を考えろ、とな。このときが後にも先にも1番激しい喧嘩じゃった」