第2章 アストラガルスの雫
親父は、倅(せがれ)のわしが言うのもなんじゃが、腕のいい鍛治職人だった。
精巧な細工はもちろん、よく切れる刃物、鍋なんかは孫の代まで使えるほど、それはそれは巧(うま)いもんじゃったよ。
いつもトンカントンカン鉄を鍛える音が響いとった。
背丈より、ちょっと高い窓から、こう…背伸びをしてな、中を覗くんじゃ。炎の影になって金槌(かなづち)を振り上げる親父の背中が力強くてのぅ…。今にして思えば何とも逞しく、そりゃあ憧れた。尊敬しとったんじゃ。
仕事場に入れて貰えるようになってからは、先だってより近くで親父を見つめた。筋肉が靱(しな)やかに連動して、金槌が振り下ろされる。
叩かれた燃える鉄からは火花が飛び散る。良いだけ叩き上げて水に沈めると、蒸気がムワッと立ち上がるんじゃ。冷えて赤みが無くなるとまた火にくべる。真っ赤に燃える鉄を、またそうして叩く。延々と繰り返す。
そんなのだから1つのものを作るのに、1日では足りんでな。何日もかけて作り上げるんじゃ。だからモノはいい。一等品じゃ。しかしまた、それがいかんかった。
良いものを作るために、なかなか壊れんのじゃ。
刃物なんかはほとんど刃こぼれしない。だから研ぎに出されない。刃物はの、研ぐたびに、ほんの少しずつ小さくなるんじゃ。研ぎの回数が多いほど短くなっていく。
最初から短いのじゃないんだ。もちろん最初から小さいナイフもあるがの、牛刀なんかは刀身は長い。
長いからこそ用が足す刃物なんかは、短くなったら買い替えじゃ。だが、親父の鍛えたそれは、短くなりようがない。折れもしない。稀に研ぎが来たかと思えば、手間賃は要らんと言うてしまう。
ものが足りんかった頃はそれでも良かったがの、どの家庭にもだいたい行き届いてしまえば、需要が無くなる。
細工物もだいぶ作ったようじゃが、家計事情はどこも似たり寄ったりで余分な金は出せんわな。だからずっと貧乏じゃった。